自動車検査員という資格があります。今は1級整備士という資格ができて、認識が薄くなりがちですが、1級整備士よりも社会的な責任は重い。
うちの会社では1級整備士もいます。ですが、社会的責任は自動車検査員のほうが重たいということを考慮して資格の手当は1級整備士よりも高額となっています。
自動車検査員という資格を取得すると、車検の完成検査ができるようになります。そして何か不備や問題が発生した場合の責任は公務に準ずる人間と同じように罰せられる。
いわゆるみなし公務員と呼ばれています。
普通のサラリーマンなのに、公務に準ずる人間と同じように取り扱われる。ここにサラリーで自動車整備と検査をする人のジレンマが生まれてくる。今日はそんな話です。
まず、純粋に公務員で自動車検査員をしている人。国土交通省管轄の人たちです。最寄りの陸運事務所にいます。長野管轄だと、独法と呼ばれる別法人の検査員たちと一緒に完成検査を毎日行われています。
毎日の完成検査台数は相当な数に及ぶでしょう。大変な業務です。ですが、僕は整備の現場でみなし公務員として検査員をしている人たちの方が数倍大変だと考えています。
その違いは何か?
まず、みなし公務員として自動車検査員をしている人たち。この人たちは指定工場という整備工場に勤務する会社員です。ディーラーであろうと専業であろうとサラリーマン。
自社で車検整備を行って、その整備に自分の責任を持って完成検査を行う。いわゆる自分のお客さんのクルマを検査している。ここに大きなジレンマが生まれます。
僕もまだ検査員としてたまに完成検査を行うことがあります。同僚が整備したクルマに対して、このクルマは保安基準に適合している!って保適を切ってクルマを出す。
僕が現場の検査員として怖いなと思う時、それはとてもグレーな場合です。法律上にダメなものはダメだとお客さんに伝える。だけど、車検には通るけどこれはちょっとなぁ・・。という場合がたまに出てきます。
雪国で代表的なのが、車体のサビです。フレーム部分に穴が空いていたりすると、検査不適合となるので、穴を塞がないといけない。
本当に軽微な穴なら鉄板を溶接して塞ぐことで検査をパスできます。しかし、全体的に腐食が進んでいる場合など。とりあえず鉄板をあてがって溶接すれば、車検は通る。だけど次回車検時までノートラブルで走れるか?
というと、その保証ができかねない。こういうケースが一番困ります。
こういった場合、お客さんに伺いをします。そして、車検を通すことはできますが、のちの故障については保証しかねない部位があります。このように説明をせざるを得ません。
いくら説明をしたとしても、お客さんは車検が通ったから大丈夫だ!という認識を持ってしまう方が大多数なのが現状です。そしてそういう車両が車検後1年経たずして、心配していたトラブルを発生した場合、お客さんが牙を向いてくることがあるのです。
「車検に通ったじゃないか!」
こちらとしては、その時の記録などを全て開示して、きちんとした説明をした旨を伝え納得してもらうように諭しますがそれがうまくいかない。のちのトラブルに発展しかねないから困ります。
陸運局で完成検査をしている完全なる公務員検査員と、サラリーマンのみなし公務員の最大の違い。これは自分たちのお客さんのクルマであるか、そうでないか?ということ。
陸運局の検査員なら、その時の整備基準に達していれば完成検査としてパスできます。その後トラブルが発生したとしても、その時の整備記録を出して問題なかった!といえばそれですみます。
指定工場の検査員はそうはいかない。自分たちが検査しているのは自分たちのお客さんです。整備をした内容についても検査も全てにおいて責任を追わないといけない。なので、検査基準も陸事よりも厳しくせざるを得ない側面があります。
しかし、車検が通る車両に、「通らない」とはやはり言えないわけです。その後にどのようなトラブルがまっているか想像してみてもですね。
ただ検査のみをする検査員、自分のお客さんのクルマを同僚が整備したクルマを検査する検査員とではその意味合いが大きく違ってくる。
ここで、僕が声を大にして言いたいことは、自動車整備や完成検査を軽んじている整備士は現場にはいないということ。最高の仕事をして検査をできるときもあれば、自分のポリシーを曲げて完成検査に望まないといけない場合も出てくるということ。
僕ら世代の整備士は職人気質の先輩整備士に育てられてきました。なので、根本的な考え方って職人寄りです。譲れないところは譲りたくないしプライドを持って仕事をしている人間がほとんどです。
そういう態度が今の時代にそぐわなくなってきているところも理解できます。が、しかし、ダメなものはダメ。
後輩達が今、完成検査を主にやるようになってきました。よく相談されるのが
「完成検査をするのが怖い」
というものです。その気持ちもよーくわかります。営業サイドからは
「どうして検査にひっかかるんだ!通せばいいじゃないか!」
と言われることもあります。確かに通せるのかもしれないけど、その先を見据えるとお客さんとの関係がギクシャクするトラブルになる可能性がある。先を考えて整備士は苦言を呈してくる時もあることを理解してもらいたいです。
指定工場で、完成検査をしている検査員は、かなりのジレンマとストレスに悩んでいます。
僕自身も検査員を持って、検査をする立場なので、後輩検査員が
「これはどうしても譲れない・・」
という場合は検査員の意見を尊重しています。それでも営業サイドが
「なんとか通してくれ」
と言われると、最後の手段です。持ち込み車検に切り替える。
完成検査は簡単な業務で、楽チンだ!なんて思いながら検査している検査員は一人もいません。クルマは人命を乗せて走るものであり、凶器にもなりえます。
そのクルマが整備不良のまま街中を走ってる・・。こういうことがないようにしていきたいです。
ガソリンスタンドでアルバイトをはじめ、その後指定整備工場へ就職。
働きながら、3級ガソリンエンジン、2級ガソリン自動車の整備資格を取得。2級整備士の資格を取得後整備主任に任命され、自動車検査員の資格を取得。
以後、自動車整備の現場で日々整備に励んでいます。
現役自動車整備士であり、自動車検査員。YouTuberもやっています。車の整備情報から新車、車にまつわるいろんな情報を365日毎日更新しています。TwitterやInstagram、YouTubeTikTokも更新しているのでフォローお願いします。