一つ忘れられない整備記録になったので、記しておきます。
その当時の緊迫した状況も背景として書いておくと、うちの会社の僕が所属している部署っていうのは、会社の規模で2番目にでかい工場です。
毎月の車検台数は150台以上で、点検も毎月100台以上。繁忙期にはその1.5倍の入庫があるところで、その台数を現場の整備士5人で回しています。
が、この整備が入ってきた時は、まさかの主要メンバーの退職や欠員、人事などに振り回されて実質2人の整備士しかいない状態だったんです。
そして、お盆休み直前に電話がかかってきました。
「オタクで直してもらった車、またエンジンかからなくなったぞ!」
という一本のクレームから。
電話で聞いていると、すぐにピンときました。先日もエンジンがかからないと言われ、出張に行ってもらったら普通にエンジンがかかってしまった・・・。
というハイゼットトラックです。
この車、実は過去に2回も燃料ポンプを交換されています。ポンプを2回交換しているのに、エンジンが掛からなくなるというクレームがはいる・・・。
とりあえずお客さんに迷惑をかけるわけにはいかないので、僕がレッカーで引き上げてきました。
車が止めてある現場に到着すると、初動を見落とさないように一つ一つの動作に気をつけてキーをON。
燃料ポンプが稼働して燃圧がかかる→クランキング→エンジンが普通にスタート。
なんと、症状が再現できない状態でした。とはいえレッカー車に乗せて会社へ運びました。
我々に残されている日数はあと2日。その間に2人の整備士で毎日10台くらいの点検と車検整備、その時はあろうことか大型車のクラッチOHやV6エスティマのタイミングベルト交換なども請けていたため、非常に追い込まれていました。
なぜ過去に燃料ポンプを2回交換しているのか?交換作業した整備士はすでに退職や欠員でいません。
誤診だったのか?そこからいろいろと推理をスタートさせました。
まず、ある程度キャリアを積んでいる整備士二人が燃料ポンプを交換に踏み切ったということ。
おそらくエンジンがかからなかった原因は、ポンプが動いていなかったんだろうなと。ただしそれを全て鵜呑みにしてはいけないので、症状を再現するところからスタートしました。
エンジンをかけっぱなしにしておいて、止まるものなのか?
ガソリンを入れて、半日以上エンジンをかけっぱなしにしておきました。が、エンジンは止まりません。
ちなみに燃料ポンプを交換したときに、ポンプリレーも交換されています。
万が一交換されたポンプリレーの不良も考えられるので、何度も何度もキーをON、OFFといった動作を繰り返しまくりましたが、リレーは正常に稼働します。
時間ばかりが過ぎて、焦ってきます。この時点までしか僕は情報を集められなくて、他の業務にあたっていました。
続いてその日の整備が終わってボロボロになった二人の後輩整備士が、車両をリフトアップして点検にあたっていました。
自分なりに考えていることを伝えて、エンジンをかけっぱなしにした状態でリフトアップして、ハーネスを揺すってみてくれと伝えました。
もしどこかで断線しかかっていたり、ショートしかかっていたら何かしら反応して再現することができるかもしれない。
ここまででわかっていることは
・普通にエンジンがかかっている時もあれば、急に掛からなくなることがある。
・掛からない時は、おそらくポンプが稼働していない為、過去に2回燃料ポンプとリレーを交換している
・未だ治っていない
ちなみにエンジンはEFエンジンです。
燃料ポンプって、キーをONにすると数秒動きます。これはなぜかというと、あらかじめ燃料ラインに圧力を加えてインジェクター手前まで燃料を行き渡らせる為です。
何でかというと、もしキーをONにしてポンプが動かなかったら、クランキングでようやくポンプを動かすことになります。
そうなると、クランキング時間が以上に長く必要になってしまう。燃料ポンプからインジェクターまで燃料をおくりださないといけないからです。
ある程度燃圧を保持するために、途中チェックバルブもついています。このチェックバルブが不良になると、圧が抜けてしまうため、クランキングが異常に長いエンジンになったりします。
過去に2回ポンプを交換しているということは、おそらくこの最初にポンプを駆動させる音が聞こえてなかったんだろうなと推測します。
そしてクランキングしてもエンジンが掛からなかったので、ポンプ不良だと断定して交換に踏み切ったんだろうなと。
ポンプを駆動させるには、クランク角センサの波形をECUに入力して、ECUがポンプを駆動させる制御をするものもあります。
そもそもEFエンジンって、どこにクラセンがいたか?DVVTがついてる車はカムにポジションセンサはついていたよな・・・。
ファイネスを開いて配線図や整備書を開く暇すらない極限な状態で、あれこれ想像をしながら他の業務をこなしていました。
ただ、2回目にエンジンがかからなくなってポンプを交換するといったフローは少し違うんじゃないかなと。
新品の燃料ポンプが動かなくなるなんていうのは普通は考えにくいことです。
僕も過去に一度遭遇したことがありますが、新品のポンプが動かなくなるのは燃料タンクの中がサビサビで、錆び粉をポンプが吸ってしまい固着した時などだけ。
つまり、エンジンがかからない原因っていうのは燃料ポンプが不良なんじゃなくて、ポンプを動かす何かが不良であると。
作業を請け負ってくれた後輩整備士が、とうとう原因を突き止めてくれました。
一度エンジンが止まり、症状を再現できたというのです。
その状態で燃料タンクを下ろして、一つ一つハーネスを調べていったら・・・。
ポンプ手前までは電源が来ている。
そして、ポンプに12Vを与えるときちんと駆動する・・・。
問題はポンプハーネスにありました。ハーネスを注視してみると、カプラーの中の端子が少し開いていた。
すなわち、このハーネスの接触不良でポンプが駆動しない時があった・・。というものでした。
全ての辻褄があった瞬間ですね。目の前でその状態を再現してくれ、完璧でした。
肉体的にも精神的にもかなり極限状態で、一番入ってきて欲しくないようなクレームで原因不明の故障。しかも残されたタイムリミットは明日の夕方まで。
こんな仕事って投げ出したくなるようなものをやり遂げてくれて感謝です。そして、感動しました。
二人の先輩整備士がした失敗を見事に後輩整備士がリカバリーしてくれました。
最初に燃料ポンプを交換した時っていうのは、おそらく本当にポンプが壊れていたんでしょう。ただその作業に問題があった。
それは、ポンプに接続するカプラーが非常に硬いということ。ちょっとこじって外そうものなら、小さな端子が開いてしまう。
それに気が付かないで組み込んでしまった。そして、振動で端子が接触不良になり、動かなくなった。
次にポンプを交換した人は、そこに至る想像が足りていなかった。なぜ新品のポンプに交換しているのに、またポンプが動かなくなったのか?
批判するわけではないですが、僕だったら間違いなく交換する前にポンプの動作確認をします。ポンプ単体に問題があるかないかを点検するべきだった。
一つ一つ仮説を立てて、推測して実行する。外れる時もあるけれど、試していかないと正解には辿り着けない。根気もいるし、精神も削られるけど、やり切った時の達成感っていうのは、この自動車整備の醍醐味の一つです。
若い人が整備士を目指さなくなったのは寂しい限りですが、こういう瞬間を目撃すると、整備士って悪くないよね!
って純粋に思えるんです。ありがとう整備士TとS。
ガソリンスタンドでアルバイトをはじめ、その後指定整備工場へ就職。
働きながら、3級ガソリンエンジン、2級ガソリン自動車の整備資格を取得。2級整備士の資格を取得後整備主任に任命され、自動車検査員の資格を取得。
以後、自動車整備の現場で日々整備に励んでいます。
現役自動車整備士であり、自動車検査員。YouTuberもやっています。車の整備情報から新車、車にまつわるいろんな情報を365日毎日更新しています。TwitterやInstagram、YouTubeTikTokも更新しているのでフォローお願いします。